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第1回「新自由主義的な価値観と「○○では〜」「〇〇人は〜」」 by 古屋憲章(帝京大学)

  • 執筆者の写真: casedekangaeru
    casedekangaeru
  • 12月12日
  • 読了時間: 4分

更新日:12月13日

私は現在、某日本語教員養成講座で講師を務めている。先日、担当する授業で「第4章 「◯◯では…」「◯◯人は…」―文化の教え方を考える」を扱った。

私は、以前から「○○では〜」「〇〇人は〜」という言い方に対し、次のような問題意識を抱いていた。

 

「○○では〜」「〇〇人は〜」という言い方は、その中に含まれる一人ひとりの人生や生活を見えなくする。「〇〇では〜」「〇〇人は〜」と括ってしまった時点で、もはやそれは人ではなくモノになる。実際に眼の前に現れるのは、〇〇人ではなく、一人ひとり異なる顔を持った具体的な誰かである。にもかかわらず、我々はその当たり前のことを忘れて、人をモノ化することで他者に対する不安から逃れようとする。このような人をモノ化する表現は、すべての人がそれぞれ個性を持った別々の人格であるという意識を希薄にさせる。そうした意識が、先入観や偏見、差別や排除を生み、引いては暴力や殺人につながる。ゆえに、「○○では〜」「〇〇人は〜」という言い方は、できる限りすべきではないし、自身が「○○では〜」「〇〇人は〜」という言い方を用いることに意識的であるべきである。まして、日々外国人に関わる日本語教師は、「○○では〜」「〇〇人は〜」という言い方に含まれる暴力性により一層意識的であるべきである。

 

本書の第4章では、ケースにもとづき、自国の習慣を紹介する活動や婉曲的な断り方を日本文化として紹介することの是非が問われている。そのため、上述したような問題意識を抱く私にとって、第4章は格好の教材であった。私はかなりの思い入れをもって、第4章を題材に授業を行った。しかし、本授業のまとめとして行った次の問いに対する受講生たちの応答は、私にとって期待どおりではなかった。

 

あなたが日本語の授業で「日本文化」や「日本人の考え方」を扱うとしたら、その目的はどのようなことが考えられるでしょうか。

 

受講生たちの応答は概ね次のようにまとめられる。

 

・言語は文化の一部である。ゆえに、日本文化を学ぶことは日本語習得に役立つ
・日本で生活する外国人は、日本での生活で困らないように、日本人の生活習慣、伝統、価値観を理解したり、日本的な行動や思考様式を身につけたりしなければならない。そのため、日本語の授業では、日本文化を扱う必要がある。

 

上述したような日本語の授業における「日本文化」や「日本人の考え方」の扱い方は、授業をとおして考えたことというより、本授業以前にも考えていたことをアウトプットしたということではないかと思われる。つまり、受講生たちは、本授業から特に影響を受けなかったということであろう。そして、その原因は私の授業デザインにある。より具体的に言えば、ディスカッションに至るまでの導入や展開、あるいはその際に私が発したコメントが効果的ではなかったということである。


受講生たちの応答は、私にとっては残念な結果であった。一方で、こうした応答をエスノセントリズムであるとか、同化主義的であるとか、批判することもできないと思った。なぜなら、受講生たちの応答には、新自由主義的な価値観、すなわち自由競争による経済の活性化が重視されるがゆえに、すべての行為を当該の社会にとって有用か無用かにより評価するという考え方が色濃く影響しているように思えたからである。本授業の内容に即して言えば、外国人が日本で生きていくのであれば、日本社会にとって有用でなければならないし、「日本文化」や「日本人の考え方」(もちろんそれらの前提としての日本語)を学ぶことは、日本社会において有用であるために必須の行為であるという考え方である。(だから、「日本文化」や「日本人の考え方」は教えられなければならない。)


受講生たちに内面化されている新自由主義的な価値観を批判することは容易である。しかし、考えてみれば、正に大学生である受講生たちこそが、日々の生活の中で有用であることを求められ続けている。そういう受講生たちに日本語の授業で「日本文化」や「日本人の考え方」を扱うことへの問い直しを促すためには、受講生たちが当たり前の前提としている新自由主義的な価値観に切り込んでいかなければならないということになる。「しかし、それってなかなか骨の折れるこっちゃなあ」と、私は今、途方に暮れている。

 
 
 

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